浅瀬にて、酔いどれて。

暮らしの小言です。

ひとり。

ずっと、昔を思い返している。

 

 

ようやく、長袖が頭を過ぎる気温になったり、ならなかったりしてきた。

夏も、太陽も。

もう少しだらけてもいいのではないか。

こんなに頑張らなくてもいいのに。

 

もしかしたら、既にだらけていて。

夏の契約期間内に仕事が終わらなくて、だらだらと仕事を続けているのかもしれない。

だとしたら、きちんと仕事をして欲しい。

早く引き継げ、秋に。

ついでに、今年の昆虫は少なめにとも伝えておいてくれ。

虫は、嫌いだ。

 

人並みに情事にも耽るし、酒も飲むし、人付き合いもある。

仕事も順調だし。身体は痛いけれど、金には困らなくなった。

約束は果たせないまま、千鳥足で暮らしを継続している。

 

人混みを睨んだ眼に、誰一人として映っていないのは。

此処を歩いた貴方と、もう会えないからか。

そのことを、絶えず思っているからか。

 

ずっと、昔を思い返している。

 

昔の恋人の夢を見た。

情けない離別を噛んだ、十六の師走から。

今もまだ、好意を舌の裏に隠しては。

止まったままの計画が、遂行を諦めて煙草をふかしている。

 

酒瓶を割った思い出横丁に、揺れる酔った影は一つ。

泥酔した彼奴が、眠ったまま朝を迎えた場所では。

物乞い達が酒を酌み交わしている。

 

舌を恥じた誘い文句も。

その約束は果たされないまま。

また一つ、後悔が増えていく。

 

くそったれだと、煙を呑む夜に。

僕の好きな人達が、憂鬱と幸せを抱えて生きてくれればいいと思う。

 

会いたい人に、会える内に。

会えない人に、ならないように。

 

過ちで綴る歌詞、馬鹿ばっかりだと吐き捨てる日に。ただ、惰性で白くなる息。

今日も、また。

抱えたまま眠る、後悔や意地。

 

十九の烏。

千鳥足の足首を掴まれた朝。

値段に似合わない安い焼酎を呑んでいた。

コミュニケート嫌いを盾に、酔いどれてシャロンを歌えば。

派手な服を纏った女子越しに、齢の肥えた男が泣いた。

紙巻きを咥えると、視界の左から腕が伸びてくる。

「慣れないから」と火を拒み、次第に朝は加速していく。

 

八月と挨拶を交わして、梅雨に別れを告げた。

去年と打って変わって、今年の梅雨は働き者だった。

雨は好きだと言ったけれども。

どんなことにも加減は大事だ。

七月の頭には、もう。傘を開くことが億劫になっていた。

 

約束や計画に縋って、ここ暫くの暮らしを千鳥足で駆け抜けてきたけれど。

少し疲れて、千鳥足の歩は止まる。

ラクタに火をつけて。

その火は、長引いた梅雨に濡れた。

 

理由は、何だっていいんだ。

梅雨でも、疫病でも、惰性でも、なんでも。

言い訳も然り。

憂鬱でも、増税でも、

いつだって、口実を探して生きている。

飲酒にも、人前で笑うことにも。租税や法が顔を出す。

暮らしや、部屋の隅。

いつだって、口実を探して生きている。

 

容赦のない暦の上。

盆を前にして、一羽の烏を思い出す。

あれは確か、齢が十九の。

醜く、朝と夜の薄氷の様な隙間を漁っていた。

怠けた梅雨に、烏は死んだ。

 

桜ヶ丘の高架下、安い駄菓子を燃やしていた。

錆びた遊具を撫でる雪。向けられた刃先に、震えた笑いを返していた。

船堀の路上、泥酔の果て。

涙を堪えて歌っていた。

紙巻きに火をつけあって、肺に煙を抱えたまま殴り合っていた。

南台の城中、盗んだ花に水を注していた。

揺れた部屋の床に転がった優しさを、薄い朝日がからかって溶かしていた。

離別は、静かに手首を掴んでいた。

 

目的と、その道程を履き違えて。

左折を三つ数えて、此処に立っている。

 

緩急の激しい時間の流れに目眩がする。

時間の流れか、酒か。その両方か。

酔ってふらつく内に、目的を落としてしまいそうになる。

 

吐き気を押し殺して、もう一度ガラクタに火をつける。

 

あの子も、思い出も、言葉も、どれも等しく。

撫でる度に虚しく。

また、瞬きで誤魔化す。

 

膝を抱えた葉月。

愛撫、千鳥足の手癖。

 

羽は黒く、背中の方で音を立てる。

 

会いたい人に、会える内に。

誘い文句と、限界の果て。

先々週の末から、限界月間が始まった。

六月に手を振り切る迄、限界は続く予定だ。

 

先月末に、仕事を変える決意をした。

 

苛立ちや、鬱屈。

他の追随を許さない、呆れてしまうほどの飲酒量。

恐らく、それが原因の体調不良。

諸々と相談して、現在の仕事を辞めることにした。

 

次の仕事はもう決めていたので。

思い立ったが吉日と、直ぐに新しい職場に連絡をした。

 

何もしていない期間を設けるのが嫌で。

現在の仕事を立つ為の後片付けと、新しい仕事の開始を同時進行することにした。

 

その為、現在の仕事をやり終える迄の一ヶ月近くの間。

身体に鞭を打ち続ける、地獄の限界月間を過ごすことになった。

 

先週、一週間。

吐瀉を繰り返しながら乗り切ったお陰で、今週に入ってからは、幾分かの余裕が出てきた。

 

みんなに一つ教えておくと。

人は三日間寝ていないと、睡魔というものを感じなくなる。

その代わり、原因不明の痙攣が起きる。

そして。一日に三、四回吐く。

 

言葉が出てこなくなったり、話の組み立てが出来なくなったとき。

それは、白昼、渋谷の赤信号。

閃輝暗点。危ない予兆。

 

睡眠って大事だよ。

覚えておこうね。

 

 

限界月間の内、超限界週間の最中。

久方振りに、誘い文句を綴ることに頭を悩ませていた。

 

思考の半ばは、こんな時なのにも関わらず。

仕事も手につかなかった。

いつかの十代の師走。

同じように頭を抱えていたことを思い出したりしていた。

 

夜を通り越しての熟考の末、口にした誘い文句は、あまりにもひねくれていて。

あとになって、少し恥ずかしさを覚えてしまった。

 

笑いを伴って、誘い文句に頷いて貰えたので。

最終的には、良かったのだけれど。

 

まだ、少し恥ずかしい。

 

些細な約束も、壮大な計画も。

それらの大半は、どれも半ば。

果たせないままでいる。

 

だから、今の名前でしているそれらは。

必ず、果たそうと思う。

 

じゃなきゃ、哀しいじゃんか。

 

遂行する迄。

ぶっ倒れないように、千鳥足で生き延びるから。

全員、僕の酩酊の道連れになれよ。

 

 

岐路は、案外に。

手を振って、その存在を示してくれている。

 

足下ばかり見ていると、出逢いにも岐路にも気付けないよ。

 

アカイ季節は、すごい速さで過ぎていく。

 

傘を棄てたら、嫌な夏が来る。

袖を捲って、汗を拭え。

 

そろそろ、酒でも煽りに行こうぜ。

 

推敲の半ば。

走行の目印に引かれた白線と、湿気た砂が混じった校庭のような。

そんな色の朝。

 

部屋に射す光は頼りなく、それでも。

急かさないような明るさは嫌いじゃない。

 

水が湯に育つのを待つ間、顔を洗って鏡を見る。

白目の端に、昨晩の酩酊の影がちらついた。

 

液体の成長を湯気が報せた。

湯呑みにそれを注いでから、唇が嫌がらない温度まで冷めるのを待った。

 

まだ開ききっていない眼で白湯を飲むこの時間。

この時間が、一日の中で最も素面に近い。

 

どうせ、この後直ぐに酒を飲むのだが。

少しでも、落ち着いている頭で。

一日の計画を立てたり、素面に近い状態で考え事をしたり。

憂鬱に悩んだりする。

 

計画を立てたところで。

その大抵は上手くいかない。

突拍子のない障害や、酩酊や、やる気の問題だ。

 

温まりかけた身体を、いつかの視線のように冷えた風が、窓を抜けてつついてくる。

 

「構って欲しいのか」

そう思って、窓から顔を出した。

僕と同じように、この街もまだ寝ぼけ眼らしい。

 

雨を手に持った空。

今にも投げ出しそうな空は、球場に立つ投手のそれによく似ている。

 

打ち返す心構えもないまま、バットの代わり。

皺のついた煙草に火をつけた。

 

煙を呑んでは、吐き出しながら。

呆けた面で、相手の球種を予測する。

「頬が不快になる霧雨」

この手の色をした空の得意な球種だ。

 

やりづらい相手。

疫病に草臥れた街に、歓声はない。

 

句読点の代わりに白湯を口に含みながら。

そんなくだらないことを考えたりする。

 

今日の一本目を吸い終えて。

腹八分目の灰皿に吸殻を食わせる。

 

煙をおかわりして、頭上の相手の顔に、くだらないもの思いを浮かべてみる。

 

内向的な推敲を繰り返す暮らしの中。
足拍子も、胃液と吐いた憂鬱も。
くの字に曲がった蒼い煙草も。
使い捨てた情事も、惜別に俯いた夜も。

どうしようもない離別や、猥雑な色恋も。
噛んだり、噛まれた耳朶も。

 

愛しく思える、曇った朝。
素面に近い頭でこんなことを思うのは。

多分、寝惚けているからか。


なんなのか。

 

なんだか優しくなれているようで。

口元で遊ぶ煙が、少しだけ軽くなった感じがした。

 

酒を約束したまま、出かけれていない人。

していないけれど、出かけたい人。

きっともう、一緒に出かけれない人。

もう、一緒に出かけれない人。

 

疫病が悪戯に疲れたらさ。

色恋や、暮らしや、それらしい話題の種に酒を浴びせたり、浴びせなかったりして。

 

遠いことのように思える、それらしい酒の席を設けようぜ。

 

葬式で流す曲のプレイリストを考えながら。

そんな日を待っている。

 

二本目の吸殻を棄てて。

 

焼酎に炭酸水を混ぜた。

 

おはよう。

今日も始まるぜ。

 

blues in my living.

所用で呼び出された土地は、思い出と後悔が混ざるあそこに、とても近い場所だった。

 

今日の臍辺り。

文明の利器に頼って乗り換えを済ませ、改札に躓きながら地上へと顔を出した。

 

見覚えのある景色に、霧雨がかかっていた。

 

忠敬のそれよりも、数十倍大雑把な地図を頭に浮かべれば。

眼球の裏で座っていた「もしかして」が、立ち上がって標識に姿を変えた。

 

あの土地に寄るべきか、否か。

 

本心としては。

千鳥足で歩きたい道は多いけれど。やるせなくなることは目に見えていた。

 

所用の最中も、ずっとその悩みを抱えたままだった。

 

用を済ませてから、数刻。

呼吸を整えながら空を見上げていた。

 

しばらくして、躓いた改札に背を向けて歩き出した。

視界にコンビニが映る度、立ち寄って酒を買った。

 

約、一年ぶり。

歩を進めるにつれて、心臓が落ち着きを失っていく。

 

空いた隙間に、野暮な感情が生まれる頃。

赤で歩を止めれば。

そこは、彼奴との暮らしが溢れるあの街だった。

 

白色の建物の前で立ち止まり、静かに見上げる401。

 

彼奴が靴下を脱ぎ散らかした部屋には、今は知らない誰かが住んでいるようだった。

当然のことにもどかしさを感じて、誤魔化すように酒を飲んだ。

 

通り過ぎる眼球達の視線を無視して、路傍で酩酊を加速させていた。

感覚が曖昧になった手の甲に、大粒の雨が落ちた。

 

思い返せば。

丁度、梅雨入り前のこんな時期。

雨に俯いたこの街の中。

「ずっと水中にいるみたいで。雨は好き」

と、彼奴は呟いていた。

 

今は閉ざされている路面沿いの窓から顔を出して。

中野通りを俯瞰しながら、煙草を吸っていた。

木目の海に肘をついて。

俺は、相変わらずに酔っていた。

 

白色に手を振って、近くの公園に身を移した。

 

長椅子の先客に、雨粒達が大勢座り込んでいたが。

それを無視して腰を下ろした。

 

雨が邪魔する空気の向こう。

新宿のビル群が並んでいる。

 

「夜に、あのビルを見ていると。なんかAKIRAの世界に居るみたいなんだよな」

本当の齢を告げた夜。

彼奴は、この長椅子に座ってそんなことを言っていた。

 

「俺の人生に伏線を張るなよ!」

笑いながら、そんなことも言われた。

 

調子づいた雨が、膝の辺りを濡らしていく。

 

彼方に居る彼奴との再会を。

ずっと、ずっと願っている。

理由や、建前や、その切り札を。

ずっと、ずっと探している。

 

合わせる顔はないけれど、瞳孔で一線を結びたい。

我儘だよな。

 

胸骨の内か、脳の内。

喉元にも湧く、このやるせなさは。

一体、何処に向ければいい。

 

こんな感傷に委ねて酒を飲むとき。

どれだけ量を飲んでも。そこに吐瀉物が伴っても。

内側の隅に、素面で俯瞰する自分が居る。

 

それが、どうしても気持ち悪くて。

 

掻き消すように、また酒を飲む。

 

俺は、狡いから。

見つけてほしかった。

 

狼煙の代替案として、蒼い煙草に火をつけた。

 

このごろ。

三日に一度は頭に痛みを感じるのだけれど。

今朝のそれはとても酷かった。

 

頭を抱えながらロキソニンを探した。

焼酎に気の抜けた炭酸水を混ぜて、ロキソニンを腹に流し込んだ。

真っ先に思ったことが「これ、もう水割りじゃん」だったので、こんな頭ではそりゃあ頭痛にもなるなとも思った。

 

この街の天気に抗うように、嫌な情報が飛び交う一日だった。

ここ最近は、ずっとそんなもんだったけれど。

頭痛と同じで、とくに酷かった。

 

仕事の最中。客が楽し気に友人の話をしていた。

相槌と愛想の空白に、昔のことを思い出していた。

 

帰宅して、炭酸水を開けた。

今度は、力強い破裂音が鳴った。

 

腹を満たした灰皿に、過食を強要しながら。

「どうしたらいいもんかね」と、散乱した衣類に問うてみた。

「誰にも、頷かなくていいのにね」と返事をしたので、病院に行こうと思った。

 

誰にも。

誰にも、頷かなくていいのにね。

 

車窓に俯く彼女の憂鬱を、夕焼けが溶かせばいいのに。

機嫌の良い風が、朗報を運んでくれればいいのに。

 

相対した苦悩の割に、実りのない暮らしの中。

振り返って見る蹉跌は、おどけながら此方に手を振っている。

 

冷戦でさえ、息を呑んで見る。

葛藤。五月、沈黙の午後。

小銭にもならないこの感性を、愛していたいと思った。

 

天井を泳ぐ煙の背景に、魔法使いの猿が歌っていた。

 

明日どれだけ面倒でも、部屋の掃除をきちんとするよ。
たまった洗濯物も干して、あなたを思って言葉を書くよ。
暮らしがどれだけみすぼらしくて、維持するだけで目が回っても。
ただ受け容れるだけの掃除機と、回り続ける洗濯機のように。
好きな歌など聴けなくても。
会いたい人には会えなくても。
行きたい場所には行けなくても。
黙って全てを受け容れるから。

そしたらまだ、人間でいられるんかなぁ。

 

 

五線譜の表側。

東側の窓へ逃げる煙を見送ってから、手を振る蹉跌に背中を向けた。

 

ホリウッド。

窄めた肩が、もう遠い昔のことのように思える。

 

嫌がらせをする汗に、友人と出会った頃を思い出す。

丁度、袖を捲り始めた五月のことだった。

 

路上で喧嘩したり、マイクで殴られて歯が欠けたり、素面ではとても言えないことを言いあったり。

雨の日の新宿で逃走劇を繰り広げたり、傷つけてしまったりもした。

 

僕は。僕の好きな人たちが、ある程度幸せに暮らしていて。

たまに、くだらない憂鬱に悩んだりして。

何処かで愚痴をこぼして、色恋に目を泳がせて。

ゆっくりと、季節を撫でるような暮らしを過ごせていれば。

それで、良かったりします。

 

少しでも、溢れないように。

抱え過ぎた幸せは、売ってしまえばいい。

 

矯正を外したあの子や。斜視の目で頷いた昔の恋人や。顔向けできない友人や。姓も知らない彼女や。足拍子を数えあった彼奴。

 

世界って言うと大げさで、この街はって言うとちっぽけな。

 

上の心の好意や、その先のない愛を。

大切に仕舞っておきたい。

 

朗報が、静かに届くような距離で。

変わらずに、酔いどれていたい。

 

だから、次会ったときは。

あらすじを読むような顔で、話してほしい。