浅瀬にて、酔いどれて。

暮らしの小言です。

blues in my living.

所用で呼び出された土地は、思い出と後悔が混ざるあそこに、とても近い場所だった。

 

今日の臍辺り。

文明の利器に頼って乗り換えを済ませ、改札に躓きながら地上へと顔を出した。

 

見覚えのある景色に、霧雨がかかっていた。

 

忠敬のそれよりも、数十倍大雑把な地図を頭に浮かべれば。

眼球の裏で座っていた「もしかして」が、立ち上がって標識に姿を変えた。

 

あの土地に寄るべきか、否か。

 

本心としては。

千鳥足で歩きたい道は多いけれど。やるせなくなることは目に見えていた。

 

所用の最中も、ずっとその悩みを抱えたままだった。

 

用を済ませてから、数刻。

呼吸を整えながら空を見上げていた。

 

しばらくして、躓いた改札に背を向けて歩き出した。

視界にコンビニが映る度、立ち寄って酒を買った。

 

約、一年ぶり。

歩を進めるにつれて、心臓が落ち着きを失っていく。

 

空いた隙間に、野暮な感情が生まれる頃。

赤で歩を止めれば。

そこは、彼奴との暮らしが溢れるあの街だった。

 

白色の建物の前で立ち止まり、静かに見上げる401。

 

彼奴が靴下を脱ぎ散らかした部屋には、今は知らない誰かが住んでいるようだった。

当然のことにもどかしさを感じて、誤魔化すように酒を飲んだ。

 

通り過ぎる眼球達の視線を無視して、路傍で酩酊を加速させていた。

感覚が曖昧になった手の甲に、大粒の雨が落ちた。

 

思い返せば。

丁度、梅雨入り前のこんな時期。

雨に俯いたこの街の中。

「ずっと水中にいるみたいで。雨は好き」

と、彼奴は呟いていた。

 

今は閉ざされている路面沿いの窓から顔を出して。

中野通りを俯瞰しながら、煙草を吸っていた。

木目の海に肘をついて。

俺は、相変わらずに酔っていた。

 

白色に手を振って、近くの公園に身を移した。

 

長椅子の先客に、雨粒達が大勢座り込んでいたが。

それを無視して腰を下ろした。

 

雨が邪魔する空気の向こう。

新宿のビル群が並んでいる。

 

「夜に、あのビルを見ていると。なんかAKIRAの世界に居るみたいなんだよな」

本当の齢を告げた夜。

彼奴は、この長椅子に座ってそんなことを言っていた。

 

「俺の人生に伏線を張るなよ!」

笑いながら、そんなことも言われた。

 

調子づいた雨が、膝の辺りを濡らしていく。

 

彼方に居る彼奴との再会を。

ずっと、ずっと願っている。

理由や、建前や、その切り札を。

ずっと、ずっと探している。

 

合わせる顔はないけれど、瞳孔で一線を結びたい。

我儘だよな。

 

胸骨の内か、脳の内。

喉元にも湧く、このやるせなさは。

一体、何処に向ければいい。

 

こんな感傷に委ねて酒を飲むとき。

どれだけ量を飲んでも。そこに吐瀉物が伴っても。

内側の隅に、素面で俯瞰する自分が居る。

 

それが、どうしても気持ち悪くて。

 

掻き消すように、また酒を飲む。

 

俺は、狡いから。

見つけてほしかった。

 

狼煙の代替案として、蒼い煙草に火をつけた。