十九の烏。
千鳥足の足首を掴まれた朝。
値段に似合わない安い焼酎を呑んでいた。
コミュニケート嫌いを盾に、酔いどれてシャロンを歌えば。
派手な服を纏った女子越しに、齢の肥えた男が泣いた。
紙巻きを咥えると、視界の左から腕が伸びてくる。
「慣れないから」と火を拒み、次第に朝は加速していく。
八月と挨拶を交わして、梅雨に別れを告げた。
去年と打って変わって、今年の梅雨は働き者だった。
雨は好きだと言ったけれども。
どんなことにも加減は大事だ。
七月の頭には、もう。傘を開くことが億劫になっていた。
約束や計画に縋って、ここ暫くの暮らしを千鳥足で駆け抜けてきたけれど。
少し疲れて、千鳥足の歩は止まる。
ガラクタに火をつけて。
その火は、長引いた梅雨に濡れた。
理由は、何だっていいんだ。
梅雨でも、疫病でも、惰性でも、なんでも。
言い訳も然り。
憂鬱でも、増税でも、
いつだって、口実を探して生きている。
飲酒にも、人前で笑うことにも。租税や法が顔を出す。
暮らしや、部屋の隅。
いつだって、口実を探して生きている。
容赦のない暦の上。
盆を前にして、一羽の烏を思い出す。
あれは確か、齢が十九の。
醜く、朝と夜の薄氷の様な隙間を漁っていた。
怠けた梅雨に、烏は死んだ。
桜ヶ丘の高架下、安い駄菓子を燃やしていた。
錆びた遊具を撫でる雪。向けられた刃先に、震えた笑いを返していた。
船堀の路上、泥酔の果て。
涙を堪えて歌っていた。
紙巻きに火をつけあって、肺に煙を抱えたまま殴り合っていた。
南台の城中、盗んだ花に水を注していた。
揺れた部屋の床に転がった優しさを、薄い朝日がからかって溶かしていた。
離別は、静かに手首を掴んでいた。
目的と、その道程を履き違えて。
左折を三つ数えて、此処に立っている。
緩急の激しい時間の流れに目眩がする。
時間の流れか、酒か。その両方か。
酔ってふらつく内に、目的を落としてしまいそうになる。
吐き気を押し殺して、もう一度ガラクタに火をつける。
あの子も、思い出も、言葉も、どれも等しく。
撫でる度に虚しく。
また、瞬きで誤魔化す。
膝を抱えた葉月。
愛撫、千鳥足の手癖。
羽は黒く、背中の方で音を立てる。
会いたい人に、会える内に。